「 八 塔 寺 今 昔 物 語 」2003〜2004
岡山県和気郡 吉永町ふるさと村での活動報告
特定非営利活動(NPO)法人あとりえ はらっぱ
代表 ふじわら やすえ
◇八塔寺ふるさと村について
八塔寺は、神亀5(728)年に聖武天皇の勅願で弓削道鏡により建立創建された天台宗の寺です。備前のあたりでは最も高い八塔寺山(標高539m)南麓に位置し、これは、かつての備前・美作・播磨の三国の境にあたります。ここのわずかな平地には、当時十三重塔七堂伽藍完備し七十二僧坊を誇り、その様子が「西の高野山」とも称されて、山上(山岳)仏教の道場として栄えていたそうです。しかし中世に火災にあい次第に廃れましたが、元暦(1184)元年、源頼朝の誓願により梶原景時を奉行として、出張十三重の塔、七堂伽藍等が再建され復興を来しました。元弘建武(1334頃)まで鎌倉将軍家代々の祈願所として栄えましたが、その後のたびたびの戦火や寺領を巡っての真言宗との勢力争いが続き、その様子は「兵火に罹ること三回、一山残らず焼失」と伝えられています。(現寺は天保五年(1835)に再建されたものといわれている)。文政11(1828)年に岡山藩が調停に入り、両宗で分割することになりましたが、かつての賑わいを取戻すまでには至らなかったようです。現在では十数棟の茅葺きの家屋が今も人の住む民家として、田園の広がる平地に沿って残っています。これは全国的にも数少ない貴重な茅葺きの群落のひとつといえるのではないでしょうか。
※事業概要につきましては、「八塔寺今昔物語り/創作神楽」のページをご覧ください。
◇あとりえはらっぱの成り立ち
93年より絵画と造形の教室として活動を開始しました。当初は教室単独での活動、事業が主でしたが、00年頃よりさまざまなアートイベント、プロジェクト等を、町内会、学校、行政、企業や団体などとの恊働として手掛けるようになり、その活動を02年にNPO法人化し、現在に至ります。(詳しくはホームページhttp://halappa.net/を参照ください)
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